2008年6月14日

AKIHABARA


日本で起きた秋葉原の通り魔事件は、ニューヨークでも感心が高く非常に多くのメディアで取り上げられました。アメリカというプライドの高い超大国が完全に日本にかなわないと認めているのがその治安である限り、ショックの大きさはある意味で日本よりも大きかったかもしれません。昨今、日本のニュースを見る限り、決して安全国家であるとは言えないと私は思っていましたが、アメリカ人にとっては日本は天国のように安全であると思いこんでいる人はまだ数多く居るようです。また同時に日本のサブカルチャーの発信地である秋葉原という場所であったことも、感心の度合いを引き上げた要員であったと思います。日本国内ではオタクという少々ネガティブなイメージを抱かせるような造語を産んだ秋葉原ですが、海外で秋葉原がポジティブなイメージで取り上げられたことにより、秋葉原は強烈なブランド力を持ち始めていました。今回の事件に対して、日本のメディアや政府関係者は雇用体制や教育にその問題点を見出そうとし、米国のメディアはこの問題に隠れているのは、昨今広がりつつある日本での欧米的な格差社会であると締めくくっています。私は強く思うのです。何が原因だとは絶対に一言では片付けなれない奥深い問題が隠れているとも思いますが、こういう事件が起きると、私は至ってシンプルな結論に辿り着いてしまいます。それは家庭環境という一言です。どんなに家庭が経済的に苦しくても、とても豊かに育っている方々は数え切れないほど存在していますし、ある部分では裕福に育った方々には無い人間としての強さを持っている方々も多いはずです。いかに親が本当の意味での愛情を持って厳しく育てるか?ということに尽きると思います。私を含め、数多くの方が人生で一度や二度、自暴自棄になったり自虐的になった時期を経験していると思いますが、そういう時に必ず浮かんだのは両親の顔であったのでは無いでしょうか?自分に対して真の愛情を注いでくれた両親を思ったら、自分や他人を傷つける行為には絶対に及べないはずです。しかしながら、私自身はその報道を見ることはできませんでしたが、日本では犯人の両親に謝罪会見をさせたとか???いくら家庭環境論を強く訴えたい私であっても、両親がメディアに出て謝るのは激しくナンセンスであると思っています。私にはまだ子供が居ませんが、子供ができたら、自分の両親が私を育ててくれたように、子供に過度の期待を注がずに子供の個性を受け入れ、愛情を持って厳しく育てて生きたいと心から思っています。私のような個性のかたまりのような人間を育ててくれた両親には心から感謝です!

2 件のコメント:

  • ほんと、心底びっくりする恐怖の事件でした。あきちゃんが書いていること、まさにその通りだと思います。家庭環境に尽きるよね。どんな風に育ったらこんな子になるんだろうか。子育てしてて思うけど、子供って親がやったこと全部真似するのよね。きれる子供って、きれる親が育てたのだと思う。でもさ、いくらきれても実際殺人までやらなかったよね、今までは。しかもこんなに大量に。。

    Anonymous ゆかり さんのコメント, 2008年6月14日 23時51分00秒 EDT に投稿  

  • 同感です。ビートルズも大きな声で歌ってた、ALL YOU NEED IS LOVE、でんがな。

    この一連のニュースをみていて、それから、感じたことなのですが:ワタシの好きな言葉の一つが、“ユーモア”なんですが、日本現代社会のso-called病める部分の原因の一つに、ユーモアの欠落があるような気がちょっとします。便利さをはじめとする環境や時代背景が違うから、単純比較はできないけど、例えばもてない男の子、というストーリーを例にとると、江戸時代の長屋の熊さんは、もてないけど、「どうせ俺んとこに嫁ぎてぇ嫁なんざいねーよー」とか憂いながらも、なんかとりあえずユーモアのセンスを失わなないたくましさがあった気がします。そういう時代は人間関係が豊かだったから、ユーモアを失わずに済んだ、と言われれば、ニワトリが先が卵が先かわからない論議になってしまうけど。自分がすごく落ち込んだ時、”don’t lose your sense of humor”を唱えるようにしています。

    Blogger YUMI さんのコメント, 2008年6月19日 16時55分00秒 EDT に投稿  

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